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人と被服との関係をあらためて考えてみたいと思います。人は被服をぬいで裸になることができますが、他の動物はそのようなことはできません。人の被服は裸を隠すのではなく、この裸をおぎない、さらには満足感を得るための芸術作品であるという人もいます。

動物より進化した人は、体の表面の毛を失うことになって皮膚が露出するようになりました。つまり被服で身体を覆うことによって裸体という状態が人に意識されるようになったと考えられます。人は動物と違っていつでもどこでも被服を脱ぐことができます。そして脱ぐことによって裸体が意識されるようになりました。そして人に恥ずかしさをもたらしたと考えることができます。また、思いがけない楽しみの可能性を発見させました。そこで被服は人が手に入れた最も神秘的な賜物であるという研究者もいます。

アフリカの森林からサバンナに出て来た人はほとんど裸体であったと思います。最近まで地球のある人達は裸体を常習として生活していました。これに対して私達は、被服を着装して服装を整えて生活しています。

裸体であってもその表面に直接装飾を施すことによって暮らしていました。この方法には皮膚の彩色、文身(いれずみ)、傷痕と体形変工などがあります。目的は、神々への奉仕、護符、まじないなどの原始信仰、種族の象徴、地位の表示、対敵威嚇やある種の標識などです。これらは趣味や好みなどにもとづく現代人の装飾心理と異なって、任意に変えることのできない宗教的な習俗として行われることが多いようです。直接体に加工するときは、一生涯抹殺できませんから、厳粛な意味をともないます。肉体的な苦痛、生活上の不便などを耐え忍び、むしろこれらを甘受することによって大きな福利を得ることができるという信仰的な観念で行われます。忍苦、試練、犠牲などによる人体の健康、治癒、精神的な訓練などの効果などをともなっています。

さて、現代の文身はなんのために。

日本繊維製品・クリーニング協議会 会長 角田光雄